2010年10月12日

カニとハクビシン?

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狸かハクビシンか分からりませんが、周辺情報ではハクビシンの被害情報があるのでハクビシンかと思います。米が食い荒らされた跡が数か所あります。しかし、大規模でないので食べたらまずかったということでしょうか。

カニの被害は畔に穴をあけることです。彼らは人間の作って来たものをことごとく自然に返そうとしていると被害妄想を抱きたくなるぐらいあちこちに穴をあけてくれます。ちょっとの穴ですが、棚田ではそれがいつの間にか大きな穴となり土手を崩す原因になってしまいます。

田んぼが終わったら水路の整備石垣の補修をしなければ・・・
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2010年08月09日

職人の仕事

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 久しぶりに職人の仕事を見た。同じ林業者と言えどもその技術の差は大きい。いろいろ見てきた訳ではないが、職人は身のこなし方と道具を見れば分かる。私はここで敢て職人とプロを区別したい。プロと言うのはお金をもおらって与えられた仕事を既定通りにこなせばいいのだが、職人は仕事の仕方に創意工夫があり、仕事を創造的にこなしていく人たちだと思うのだ。

 今回、小田原で森林作業をするOさんに職人気質を見ることが出来た。オーナーから求められる以上の仕事をし、どのような材を作っていくかを求めて試行錯誤しいる姿、仕事の仕方、道具の工夫、あちこちに目を開かせるものがあった。

例えば
枝打ち用のチェンソー 
 いかに傷をつけずに枝打ちするか、チェンソーの刃を自分で改造している。

草刈り機
 灌木が茂る林地では親指ぐらいの枝を一発で伐りたいが、良く伐れるチップソーでも数回使えば切れなくなってくる。かと言ってそのたんびに買い替えていては高くつく。そこで自分でメタテが出来るように刃を作り替えている。この切れ味はすごい。草刈りが舞を舞うように華麗だった。
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2010年08月05日

中干し開始

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上段は農家の田んぼ

8月2日中干しを開始しました。しかし、写真でも一部分かるようにざる田で困っていた田んぼがここへ来て水持ちが良くなかなか水が切れません。
 原因として考えらるのは全域で水位が上がったのかなと思いますがよくわかりません。特に一番水漏れが激しかった中段の小さな田んぼでは水が湧く場所があるくらいですからびっくりします。

 棚田の断面をスキャンする機械でもあれば分かるのでしょうが予想外の事ばかりです。特に実験田んぼにした川沿いの田んぼなど、冬の時期の日照から考えると一番出来が悪いと思っていたら一番日照が確保される田んぼになっていました。

 まあ、いろいろな事は最後にまとめますが、とにかく水には苦労するのが棚田であることは間違いありませんね。
しかし、今年の夏の天候で初期心配された成長不足は一気に解消され周りのプロの農家と遜色ないところまで来ました。(いや〜自分の欲目かな)

でも本当の勝負はこれから、穂がうまくつていこそです。
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2010年04月14日

田んぼ作業開始!

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田んぼの作業開始です。
船原の田んぼに鶏糞を撒いて苗代を作りました。
3月22日には1回目の塩水撰を実施 如月7日(上弦の前)
4月6日に2回目の塩水撰を実施   如月22日(下弦の日)
はたして差は出るでしょうか。
種蒔きは4月12日に35枚をセルトレーに撒きました。次は25日です。

仕事と田んぼ作業がいろいろ重なりブログを書く余裕がありませんが、これからはなるべくこまめ(週1回程度 ^^;)書きます。

今年は棉も去年より広いところで栽培します。4名の人が名乗りを上げています。
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2009年12月14日

製材所の復活!

IMG_2939.JPG 小田原は木工の町だった!?いや、今でも木工の町のはずなのだが・・・自信を持って言えないほど小田原の木工産業は衰退している。私の子供のころ(40年以上前)はいたるところにサラダボールやお椀をつくるロクロを回す工場(コウバと読む)やそうゆう木工製品を入れる箱屋さんなどなど、実にさまざまな町工場があった。同級生には、サラリーマンの家庭は少なく、サラリーマン家庭はあこがれの的だった。

 そんな中、木を扱う材木屋さんも100m歩く通りに何件もあるぐらいいっぱいあったが、この数年のうちに瞬く間に材木屋さんの軒数も減ってしまった。私の同級生にも材木屋は2人いて、内1人はコンビニへと変身。もう一人の同級生は唯一残った製材をする材木屋だったが、ついに廃業してしまった。今年の9月に!・・・。

 これで小田原の木工産業(自前ですべてを供給することが出来た産業構造)が終わったと思いたくはなかったが、どうにも出来るものではなく暗澹たるおもいでいた。
 
 何とか出来ないものかと、県の林務課の担当者に、「県産材の家づくり」とか言って何も手当てできたないことを食ってかかったりもした。山には売れない木がある、これが売れれば製材所は必要不可欠の事業なのだ。しかし、住宅産業の急速な落ち込みにどうにも抗しきれず、私の力でどうにもなることでないと分かりつつも、なんとかなってくれと天を仰ぐばかりだった。

 ところが師走に入って製材所の(元)社長が知り合いの製材所(ここも実質製材はやっておらず建築業の傍らなんとか製材機械だけは残していた)を借りて出来るだけの事はすると言ってくれた。実は秦野で昨年伐った、新月材をいよいよ製材しなければならず、神奈川で唯一残った製材所に頼もうと思った矢先なので、本当に救われた思いでバンザイ三唱を上げたくなった。

 製材所の復活が何を意味するのか私の持論を展開したいと思うが次回にする。(おっと 肩すかしでごめんなさい)

 まずは頑張れ製材屋さん!!



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2009年07月14日

「生業」と書く仕事?

 今の若い人に「なりわい」と言っても分からないかもしれない。かく言う私もずいぶん大人になってから知った言葉のような気がする。落語なんかを聞いているとちらっと出てくるかもしれない。

 「生業」と書くいて「なりわい」と読める人はどれくらいいるのだろう。また、なりわいと言ってイメージ出来る職業は何だろう。

 「え〜、手前、金魚売りをなりわいとしています。」とか『私のなりわいは桶屋でございます。」なんて言うように、今やなくなった職業やどこかでまだ続けているらしい職業とか、とにかく私には身近にあって、昭和の中ごろまで当たり前にあった職業職業のイメージかな。

 小田原は城下町だから、そんな職業がいっぱいあった。でも急速になくなってきている。そんな中で小田原が全国に誇れる木工の町であったことを知る人は少ないかもしれない。また、その木工産業を支える様々な職業があった。中でも木材を扱う材木屋さんは、100社以上あったという。私の知る限りでも町の中いたるところに材木屋があった。しかし、この数十年材木屋は減る一方だ。
 
 材木屋の減少は、明らかに小田原の木工産業の衰退を意味している。こうなるといつまで「なりわい再考」などと言っていられるのだろう。このカテゴリーは早晩なくなるかもしれない。あるいは「なりわい考古学」などと書き換えなければならないかもしれない。豆腐売り、納豆売り、消えて久しいなりわいを懐かしむほど年寄りではないのだけれど、これでいいのだろうかと思うばかりで何も手をつけられないのが悔しい。
posted by 水土の考現者 at 20:57| Comment(0) | TrackBack(0) | なりわい再考