2009年07月14日

「生業」と書く仕事?

 今の若い人に「なりわい」と言っても分からないかもしれない。かく言う私もずいぶん大人になってから知った言葉のような気がする。落語なんかを聞いているとちらっと出てくるかもしれない。

 「生業」と書くいて「なりわい」と読める人はどれくらいいるのだろう。また、なりわいと言ってイメージ出来る職業は何だろう。

 「え〜、手前、金魚売りをなりわいとしています。」とか『私のなりわいは桶屋でございます。」なんて言うように、今やなくなった職業やどこかでまだ続けているらしい職業とか、とにかく私には身近にあって、昭和の中ごろまで当たり前にあった職業職業のイメージかな。

 小田原は城下町だから、そんな職業がいっぱいあった。でも急速になくなってきている。そんな中で小田原が全国に誇れる木工の町であったことを知る人は少ないかもしれない。また、その木工産業を支える様々な職業があった。中でも木材を扱う材木屋さんは、100社以上あったという。私の知る限りでも町の中いたるところに材木屋があった。しかし、この数十年材木屋は減る一方だ。
 
 材木屋の減少は、明らかに小田原の木工産業の衰退を意味している。こうなるといつまで「なりわい再考」などと言っていられるのだろう。このカテゴリーは早晩なくなるかもしれない。あるいは「なりわい考古学」などと書き換えなければならないかもしれない。豆腐売り、納豆売り、消えて久しいなりわいを懐かしむほど年寄りではないのだけれど、これでいいのだろうかと思うばかりで何も手をつけられないのが悔しい。
posted by 水土の考現者 at 20:57| Comment(0) | TrackBack(0) | なりわい再考
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