2010年01月27日

農ではなく能の話

 今日、成り行きで能のレクチャーを受けることになった。自分の娘が中学生のころ能を学んでいて能楽堂で演じることがあり、それ以来能は身近とは言わないが別世界のものでもなくなった。しかし、まだまだ能の奥深さや面白さまでは至っていない。
 今日は能のワキ方である安田登氏の能の歴史と能の動きについてのレクチャーだったが、その分かりやすい説明に、より能の面白さが分かった。その中で一番面白かったのが能面の表情についてだ。

女人の面二つを見せ、その違いを皆から聞きながら安田氏の解説を交えて微妙な違いまでいろいろ発見させられた。何が違うのか実際のものを見てだなければ説明しにくいが、私が一番関心したのは同じ面でも角度によって表情が変わると言うことだ。
まず、二つの面は正面から見ると、ふくよかで朗らかな笑みを浮かべている面と、憂鬱で今にも泣きそうかと思う面だが(私の主観で)、この面を前者をA、後者をBとするとAの面を下向きに傾けると朗らかな笑いから人を嘲笑したような若干薄気味悪い感じになる。Bはと言うと少し傾けると泣き顔になる。しかし、もっと傾けると恨みつらみの顔になり「おっ!」となる。これは百聞は一見に如かずだから、もしライヴで見ることがあったらよくよく観察すると良い。その他にも般若の面でもそのような違いを見せてくれた。粗筋を先に知っておけば、聞き取りにくい謡いも面の動きからどの様な情景を演じているのか分かるだろう。

能で演じる「海女」の話の粗筋を聞いたが、何も古くない、今でも変わらない男女の関係、親子の情、そして人をだますことなどなど。悔しい思いや、無念のこと、親が子を思う情景など、無念の思いの表情など少し演じで見せてくれたがなるほどなるほどである。こうなると本当に能を見たくなった。私のブログでは全然その面白さを伝えきれないがいつか安田氏のワークショップを受けるチャンスがあったら受けられことをすすめる。

安田氏のワークショップはCLCA(NPO子供と生活文化協会)http://www.clca.jp/に問い合わせてみると良い。
posted by 水土の考現者 at 19:11 | TrackBack(0) | 雑記

2010年01月25日

農の会 みそ作り

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味噌作りを仕切る中原さん

 大豆の会の味噌作りに初めて参加。1週間前の麹づくりも楽しかったが今回の味噌作りも写真のように大きな釜で大豆をゆでる豪快なものだ。総勢50組近く、子供たちは小春日和の青空の下ブルーベリー農園を駆け回っている。そして大人たちは真剣に味噌作りだ。
こうゆう風景が実にいい。

それにしても中原さんの采配には敬服する。

早く食べてみたい!
posted by 水土の考現者 at 13:07 | TrackBack(0) | 雑記

2010年01月23日

梅の花7分咲き

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クレムソンクローバー     7分咲きの梅            菜花

 田んぼの菜花とクローバーやっと二葉から次の葉への生長した。クローバーはよく見ると小さなクローバーの葉の形になっている。先週は霜柱が立ち久しぶりに寒い冬だったが、今週は3月中旬並みの暖かさ、今日2月23日でもまた寒さが戻ったとはいえ、先週ほどではない。これからクローバーも菜花もどんどん大きくなってくれればいい。完全に掘り返した田んぼなので雑草と言うのがほとんどない。今年は稗家らコナギの心配はないと思うがその分肥料っ気もないように思うがどうなるだろう。
 
 田んぼの入り口にある梅が咲いていた。7分咲き。足元には水洗も咲いている。やはりいいところだ。下から道路の方を見ていると、通る人は必ず下を見て行く。柿と栗の林の地主さんにも声を掛けられた。「俺んところもやってくれんのか」と「もちろんよろしくお願いします。」と答えた。

 その地主さんの話によると、この辺の田んぼを埋め立てて老人ホームを作る計画があったらしい。やはり皆百姓はやりたくないようだ。              
posted by 水土の考現者 at 16:53 | TrackBack(0) | 田んぼや畑

2010年01月18日

味噌作り

 農の会主催の味噌づくりに始めて参加した。麹から作るのだから面白い。参加者は50組みぐらいらしいが、これ以上の参加は限界のようだ。確かに、野外でのお米の蒸かしの為のかまどが5台でフル稼働して1回の作業に2時間程度。4班に分けて作業すると確かにこれが限界だと言うことが分かる。責任者の中原さんの手配、段取りには頭が下がる。商売、イベントの為にやっている訳ではなく、自分の味噌を作る為に広く他の人にも味噌作りを伝授している。

 味噌作りは前からやってみたかったのだがゆとりがなかった。自然相手の物作りは自分の仕事の都合に合わせてくれないからどうしても躊躇してしまう。しかし、昨年から農業も生活の一部と決めたので、自給に最低限必要と思われることには万難を排して取り組むことにしている。
しかし、やってみるとやはり面白い。蒸されたお米に麹菌を入れると活発に活動し始める。20時間後、保温されたお米と麹はほのかに甘い香りを放ち、お米は白い粉がふき始める。さらに6時間後、温度は42度あたりまで上がりほぼ市販されている米麹のようになる。こうやって観察していると発酵食品は生き物だな〜とつくづく感じる。来週24日はいよいよ大豆の煮て仕込む訳だが、本当に楽しみだ。

 自給を目指しても収入が増える訳ではないが、確実に心が満たされた気持は増える。昔、自然農法の福岡正信は国民総自給を目指すよう提唱していたが、そんなのは非現実的と思っていた。しかし、今は、そうゆう方向を目指す事を考えることは必要だと思っている。こうゆう中途半端な言い方はまた福岡先生に怒られるだろうが・・・
posted by 水土の考現者 at 16:10 | TrackBack(0) | 雑記

2010年01月12日

竹を伐る

 昨年の続きで竹林の整備を兼ね今年のハザ掛け用の竹を1月9日、10日で行った。天気に恵まれ、作業をしているとシャツ1枚でも大丈夫なぐらいだった。それにしても枯れた竹の整理は思っていた以上に大変で当初1日で終わる予定だったが約24人工で丸々3日掛ってしまった。(もっとも作業時間は2時間半だが)一人ではやる気がしない作業、短い時間で大勢でやったから出来たと思う。おかげできれいな竹林になり、夏にはそこで涼めるところとになるだろう。ハザ掛け用の竹を伐ることも出来た。もちろん新月前の伐採だからカビや虫がつかないことを期待している。

 10日は26夜で、その日の早朝寒のもちをついた。朝5時半、まだ日の明けやらぬころ10時の方向に三日月の反対の掛け方をした月が出ていて実に神秘的だった。寒の餅はかびにくいと言う。やはり水なのだろうか、このころ汲んだ水は1年中腐らないとも言い、大工は昔から墨壺の水をこのころ汲んだ水で1年間使うらしい。

 さて、竹は今では厄介者で、足の踏み場もないところばかりだ。そんな竹藪はだれも片付けようとはしない。一度竹藪の整理をやってみるがいい、今回のように竹をどうしても必要とするのでなければ2度とやる気にはなれない。でもこの竹が何かの役に立つ秘策があれば竹藪もよみがえるだろう。当たり前だが・・・
 
 今年は竹の使い道をいくつか考えている。そのための実験をやってみたいと思っている。内容は秘密だが事業化出来れば地域環境の再生の一助になるだろうと思う。
 

 
posted by 水土の考現者 at 17:33 | TrackBack(0) | 月と農、森林、海

2010年01月03日

今年の抱負

 昨年「農的暮らしの住まい」と言うことで提案を行ったが実際の計画は進まなかった。相談はあったが、建築コストの見積もりでは要望の増加と予算が合わず計画が流れてしまった。やはり農業を本格的に暮らしの中に取り込む人は資金が潤沢ではないことが大きなネックだ。

 まずは農地を確保するのがやっとで住宅の手当てなどとても及ばない。結果は借家で我慢するしかないのが現状だ。考えてみれば農地に隣接するところに住居を建てられるのは農業資格を持つ人たちでなければ無理だし、建てられる条件がそろっていれば農家にとっては不動産資産になるので普通の住宅開発になってしまい、結果安くは手に入らない事になる。

 結局建築コスト以上に農地付住宅を取得するには不動産価値のない中山間地域でなおかつ限界集落でなければ容易ではない。
でもそれでは若い世帯が最低限の生活を確保するのも難しい。そんなところを過去にいくつも見てきた自分としてはそこに明るい展望など見出せない。

それでもなんとか「農的暮らしの住まい」のテーマを現実のものに実現させたいと思う。

今年の抱負

 まず、「何故、どうして」という分析は最近の農山村地域問題に関する論文には秀逸なものが多くみられるようだ。私の息子の卒論が農山村地域の問題と将来展望をテーマにしたので、一緒に勉強することが出来、今後の農的暮らしの住まいの展望を開く参考になった。

 言えることは地域ごとに条件が違い解決方法も様々であること、制度が問題であることもあるが制度の壁を超える工夫によって新しい展開を開くことも出来ると言うことだ。
 
 問題解決の糸口として、やはり個別対応は無理なのでコーポラティヴハウスの手法での対応を模索する1年としたい。小田原地域でも農地隣接地域に住宅開発の手が伸びているが思うように売れていないのも事実だ。農村地域にこれ以上既存ハウスメーカの住宅コンセプトを必要としない。しかし、それには土地の開発行為から始めないと思うようにはならないだとすると現時点では共同で土地を購入したてるしかない。しかし、前にも言ったようにお金のない人たちだけではそもそもが始まらない。なのでこれから勉強しなければならないのは、投資家を募って出資してもらうことだ。

ちょっと時間がなくなった。この続きはまたにする。 
posted by 水土の考現者 at 14:45 | TrackBack(0) | 農的暮らしの住まい